“なみエール”発行しました

2020年7月3日

新型コロナウイルス感染症の影響により、浪江町のみなさんも気軽に会ったり集まったりするのが難しい状況が続いています。

一般社団法人まちづくりなみえではコミュニティ再生に向けた取り組みの中で「この状況下でも何かできないだろうか」と考えました。

そして、町民のみなさん同士や地域が紙面を通してつながりを維持しながら、浪江町を楽しんでもらいたいとの想いから臨時のフリーペーパー「なみエール」を発行する運びとなりました。

浪江町の皆さんへエール

浪江のことが見えーる

…等々「なみエール」には様々な想いを込めました。

広報なみえ7月号に折り込む形で、町民の皆さんの手元には届いているかと思います。

ご覧いただけましたでしょうか?




下記リンクからPDFをダウンロードし、なみエールをご覧いただけます。
(上の画像と内容は同じです)
ここをクリック

オモテ面の記事は、私たちが町の皆さんと接する中で気になったモノや事柄などを取材してお届けする「浪江のあれこれ」。
今回は知る人ぞ知る?地域の情報として、苅宿の”ほたるが舞うビオトープ”を取材しました。

ウラ面は浪江の地域情報を、ちょっとした遊びで楽しく知ることができるクロスワードをつくってみました。
このブログで答え合わせも予定していますが、皆さんチャレンジしてみてください。
AからHのマスをつなげた言葉をテーマにした記事も、このブログに掲載していく予定です。

なみエールを読んで、地域のつながりやコミュニティに関することなどを楽しく考えたり、感じて頂ければ幸いです。

さて、なみエールの第二号は9月1日に発行する予定です。
皆さんからの投稿や記事のアイデア、これを取材して!などありましたら、ぜひご連絡ください。

町民の皆さんといっしょに、紙面をつくっていくことができれば嬉しいです。



浪江町 桜前線 《後編》

2020年4月27日

浪江町内の桜、後編をお届けします。


地域づくり支援専門員、今野です。

まずは苅野地区、酒田集会所前の桜です。


この集会所を集合場所に、平成30年の秋からクリーン作戦をおこなって地域の皆さんの交流の場が生まれていました。
今年もまた、集まれるような状況になるよう祈っています。

続いて立野地区、県道257号線沿いの桜並木です。

車で通行する人の目を楽しませてくれますが、近くの小川には昨年の豪雨災害の影響とみられる爪痕が、少し残っていました。

こちらは立野の光明寺前に咲く桜です。

今年の春彼岸に、お寺の敷地をお借りしてお墓参りの際の休憩所を設置する予定でした。
地域の皆さんの交流の場になればと、立野下・中・上の3区長も意気込んでいらっしゃいましたが、新型コロナウィルスの影響で中止となってしまいました。
しかし、またいつの日にか休憩所を設置し、集まる機会をつくれればと思います。


続いて苅野小学校の桜です。

グラウンドを囲むように並ぶ桜は、見ごたえがあります。


帰還困難区域の室原地区ですが、特別通過制度の県道35号線から見える共同墓地にも、綺麗な桜が咲きほこっていました。ズーム機能で撮影してみました。


続いて津島地区です。
全域が帰還困難区域のため、特別通過制度の道路から見える桜になってしまいますが、あちこちに美しい桜の姿を見ることができました。

珍しく4月も半ばに入るころに降った雪が残る、4月14日。国道459号線沿いに凛と咲く桜です。雪と桜の組み合わせも、なかなか綺麗です。

こちらは114号線、浪江高校津島校に入る手前に咲く桜です。

見上げながら写真を撮ると、青い空とのコントラストが鮮やかです。

大昼地区でも、道の各所に綺麗な桜が咲いていました。

来年はゆっくりと、町内の桜を皆さんと一緒に楽しめればいいなと願います。


続いて大堀地区です。

地域づくり支援専門員、佐藤がお伝えします。

浪江町上水道取水場付近の様子。
高瀬川沿いの取水場です。見通しが良い場所なので、遠くからでも桜が咲いている様子を見て取れます。その光景は昔と変わりません。

大堀小学校と大堀幼稚園の園庭の様子。
小学校の広い校庭に並んで見事に咲き誇る桜並木。そして、幼稚園の小さな園庭に遊具と並んで咲き誇る桜の大木。今年も圧巻でした。

清水寺の様子。
紅白2種類の桜が、並んで咲き誇る風景は、今年も健在。これから初夏にかけて、ふじ棚もとても楽しみです。

陶芸の杜対岸の高瀬川堤防からの風景。
施設を囲う桜並木も素敵に咲いていました。除染も終わり、陶芸の杜でお花見が再開されることを楽しみにしています。


令和2年の春、新型コロナウィルスの影響で落ち着かない毎日が続きますが、浪江町内の桜を当ブログで少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

浪江町内の桜前線をレポートしました。

南津島の神楽(令和元年十日市祭)

2019年12月2日

地域づくり支援専門員、今野です。

浪江町の十日市祭は毎年多くの町民の方が集まり「久しぶりー!」という声が聴こえるなど、会場のあちこちで町の皆さんが談笑している様子が見受けられます。

この十日市祭では様々な露店やブース、イベントなど出し物も多種多様に繰り広げられますが、郷土芸能のステージもみどころの一つかと思います。

今年もいくつか披露された郷土芸能の中で、2日目の11月24日、屋外ステージでは南津島の神楽が披露されました。

演舞中はあいにくの雨で、屋根のあるスペースから観客の皆さんは遠巻きに眺めていましたが、保存会の皆さんの熱演は素晴らしいものでした。

南津島の神楽は、ひょっとこが出てきてちょっとユーモラスです。

ひょうきんな動きもあって、お客さんが笑いながら楽しんでいる姿が印象的です。






南津島郷土芸術保存会の会長を務める三瓶専次郎さんは「雨だと終わった後の道具や着物類の管理が大変なんだよ、ちょっと困るよねぇ」などと話していました。

踊るだけではなく、前後の準備や管理が大変なんですね。

南津島では避難で散り散りに皆さんが暮らす中、精力的に郷土芸能の活動をおこなっています。

以下の写真は10月6日に南相馬市で開かれた郷土芸能発表のイベントに参加された時の様子です。

この南津島の神楽、12月21日(土)には東京国際フォーラムで開かれる「ふくしま大交流フェスタ2019」会場のメインステージのプログラムの一つ「ふるさとの祭りステージ」でも披露されます。

とても貴重な機会です。皆さんもぜひご覧ください。



赤宇木の田植踊り発表会

2019年12月2日

11月17日、浪江町津島の赤宇木(あこうぎ)地区に古くから伝わる「赤宇木の田植踊り」が東日本大震災と原発事故後、初めて披露されました。

前回の披露は平成20年の2月に津島の活性化センターだったということで、およそ11年ぶりの田植踊りとなりました。

復活へ向けては、福島県内の民俗芸能団体を支援するNPO“民俗芸能を継承するふくしまの会”の後押しも強く、福島県内外各地で避難生活を続けている赤宇木地区の皆さんが集まって、前日の16日は記録映像の撮影、この日は観客を入れての発表会を開きました。

(体の動きがわかるよう衣装ではなく普段着で、記録撮影を進めます)
(発表会ではまず「赤宇木の神楽」が披露されました)

以前ご紹介したように(「2019年2月 南津島の田植踊りが披露されました」)、津島地区には4つの田植踊りがありますが、それぞれ微妙に踊りも衣装も違うと聞きます。

(鍬頭~くわがしらの着付け)
(注目が集まる発表会での披露)

赤宇木では神楽、田植え踊りの役あわせて14人を赤宇木郷土芸術保存会のみなさんが担当し、この日に向けて練習を続けてきました。

赤宇木の区長で赤宇木芸術保存会の顧問を務める今野義人さんは「震災前から、地域の田植踊りを絶やしたくないと取り組んだ。原発事故で津島が帰還困難区域になり、散り散りに避難して復活は絶対に無理だと思っていたが、NPOの支援もあって、みんなでやってみようという気持ちになれた」などと話しました。


(子ども達も熱演)

踊りには赤宇木の若い世代や小学生も加わりました。

「ささら役の子ども達は初めて踊るし、避難先から集まっての練習も大変で、難しかった。もっと求めたい面もあるが、少ない練習でよくやれたと思う」と、現在保存会の会長を務める今野信明さんは話していました。


津島地区の4つの田植踊り、私も拝見するのは南津島に続き2団体目ですが、確かにそれぞれに違いがあるなあと感じることができました。
これは、それぞれの地域の個性と言えますし、できることなら一つ一つの踊りを残して行くことが理想である…そう感じたのは確かです。

(最後は和やかに記念撮影)

発表会の会場となったのは二本松市の男女共生センター研修ホール。

会場内の雰囲気がなんだかとても良くて、発表会までは緊張感もあるものの、親戚同士が集まっているような、座っていると不意に目の前にお漬物や果物がタッパーに入って「食べて」と出てくるような感じで(笑)、心地よい「ふるさと」の場になっていたような気がします。


記録撮影や本番の撮影など、ひととおりの作業が終わると皆さんほっとした様子でした。記録化したことで、いつの日か復活できるだろうと安堵感を持たれたのかと思います。
しかし、難しいとは思いますが、今後も定期的に披露する機会などを持っていただければ嬉しいなあと、そんな風に感じました。

またいつか、ぜひ観てみたいです。

地域づくり支援員、今野がお伝えしました。

南津島の田植踊りが披露されました

2019年2月16日

地域づくり支援員、今野です。

2月3日、南相馬市の民俗芸能発表会が市民文化会館ゆめはっとで開かれました。
13回目を数える今回は初めて、南相馬市外の団体もゲスト参加しました。

浪江町からも「南津島の田植踊り」が出演しました。
震災と原発事故後に大勢の観客の前で披露するのは初めてとなり、貴重な機会となりました。

 

(本番まで楽屋で待機する皆さん)

 

田植踊りという民俗芸能は浪江町内でもいくつかあって、津島地区全体としても4つの田植踊りがありますが、それぞれに微妙に踊りも違うそうです。
震災と原発事故前であれば、披露の時期が近づくと同じ地域内に住む方々が夜集まって練習するなどし、高齢化や若い世代の減少といった問題を抱えていたとは言え、なんとか民俗芸能が継承されてきました。

しかし、震災と原発事故で散り散りに避難したことで、そういった練習の機会を設けるのも困難な状況です。

これは浪江町はもちろんですが、福島や東北の被災地が持つ大きな課題です。

 

そんな中「南津島は民俗芸能を伝えていこうと頑張っている」「我々も見習わないと」などと言ったお話しを、いくつかの場で耳にしました。

 

発表会の数日前、南津島郷土芸術保存会の会長を務める三瓶専次郎さんにお会いし、お話しを聴く機会がありましたが「”踊りを伝えていこう”といった声掛けはしたものの、いちばん踊れる人が遠くに避難していたり、集まるのも難しい状況だった」「そんな中、南津島上の紺野宏区長がその役を継いでくれた」など、ご苦労を話されました。

 

 

(久々となる踊りの披露に、観客の目が釘付けです)

 

南津島の田植踊りは昨年1月に、踊りや衣装の記録化(映像撮影)をおこなうために踊りを披露していますが、一般聴衆の前での披露は震災以来です。

年が明けて1月の日曜日は毎回、二本松市に集まって練習をしていたそうです。そんな中でも「みんなで集まったり、昔のことを話すのは楽しいし、津島にいた頃のしゃべり方で話している」などとおっしゃっていました。

 

 

この田植え踊りは本来、旧暦1月14・15日の両日に津島地区の4地区で行われるもので、県の重要無形文化財に指定されています。

 

 

踊りは、鍬頭(くわがしら)の口上に始まり、稲作の工程を唄と踊りで表現するもので、五穀豊穣や無病息災などを願っています。

本来は男性のみの構成ですが「このような状況でやむを得ず、女性の踊り手に入ってもらい助けてもらった」と三瓶さんはステージでインタビューに答えていました。

 

(終演後インタビューに答える踊り手と三瓶会長)

 

そして、その踊り手の女性は「兄がずっとやっていて、うらやましく感じていた」「この機会にとばかり、踊りに入れてもらったんです」と嬉しそうに話していました。

 

民俗芸能の継承については、全国のあちこちでも課題を抱えているかもしれませんが、このような「前を向こう」「伝えていこう」と感じられる言葉に、感動するとともに心強さを感じました。

私たちも応援していきたいと思います。