なみえの今

継承への挑戦、南津島の田植踊りの取り組み

2022年9月3日

こんにちは、地域づくり支援専門員 今野です。

8月下旬、福島市の県青少年会館を会場に、東北学院大学文学部歴史学科の学生が南津島の田植踊りを学ぼうと取り組みました。詳しくお伝えします。


「南津島民俗調査プロジェクト」と題された今回の取り組みは、宮城県にある東北学院大の学生が4日間のスケジュールで南津島郷土芸術保存会の皆さんと交流し、田植踊りを学ぶといったもので、取材にうかがった最終日の8月28日は17名の学生が熱心に田植踊りを学んでいました。

きっかけは学生のひとり、今野実永(みのぶ)さんの提案でした。実永さんは原発事故で避難する小学2年生まで南津島で暮らしていました。田植踊りの経験はありませんでしたが、中学3年生の時に二本松市で南津島の田植踊りを記録撮影する機会があり、その時初めて「ささら役」を務めました。

その時の会場には地元の皆さんが集まりました。田植踊りを数年ぶりに観た祖父母の世代の方などから、泣きながら「ありがとう」と話しかけてもらった実永さんはとても感激し、高校に入ると「どうやったら民俗芸能を継承していけるだろう」と考えたそうです。

▲今野実永さん

原発事故が起きた当時、関東の大学で教壇に立っていた金子祥之先生も「都会に出た学生が都会で就職してしまう。民俗学を教えるものとして、地域に根付く何かができないものか」と考えていた一人です。ちょうど東北学院大学で教職を募集していることを知り「ここなら東北に根付く取り組みができるかもしれない」と同校の准教授となりました。

「民俗学を学びたい」と強く思うようになった実永さんは、東北学院大学で学べることを知り受験。金子先生に「南津島の郷土芸能を何とかしたい」と訴えました。

取材したこの日は、保存会の三瓶専次郎会長ら10名が会場に足を運び、学生の間に入るなどして熱心に指導しました。学生も事前に唄の歌詞を覚えるなど準備に取り組んでいました。会員の方に感想を聞くと「さすが若い。覚えるのが早い!」などとおっしゃっていました。

来春に解除が予定されている津島の特定復興再生拠点では、9月1日に準備宿泊が始まるなど少しずつ動きが出始めているものの、解除される面積は津島全体の1.6パーセントです。南津島上・南津島下の行政区でも拠点外となるエリアが多く、まだまだ先が見えない状況と言えます。

4日間のスケジュールを終えた実永さんは「授業からサークルの立ち上げなども含め、南津島の田植踊りに継続的に取り組んでいけるような土台づくりを在学中にしたい」「卒業後も関わりながら確立させたい。最終的には50年後に南津島に住んでいる人が田植踊りを継承したいとなれば、大学から南津島へと田植踊りを戻すような、そんな形の継承をしたい」など、力強い言葉で自身の考えを話しました。
まだ大学2年生なのに、数十年後の将来まで見据えたその想いには圧倒されます。

民俗芸能はその地に根差したものであるため、金子先生ら大学側では「宮城県の大学で学んで継承していこうとするのは、いかがなものだろう」という考えがあったそうです。保存会でも悩んだそうですが「一度、チャレンジしてみよう」となり、この日につながりました。

1回20分以上ある南津島の田植踊りに、この日の午後は3回取り組みました。最後にはだいぶ形になっていたと思います。保存会の皆さんも額に汗しながら、学生たちを眺めるその表情はとても嬉しそうでした。

三瓶専次郎会長は「着物(衣装)を着て踊ってみたり、引き続き指導できるようにしたい」などと話していました。実永さんも「いずれは津島の皆さんの前で披露できるようになれば」と目標を掲げています。

継承に難しさを抱える中、新たな切り口の取り組みとしてコミュニティの維持にもつながっていくかもしれません。今後も注目していきたいです。


南津島の郷土芸能の様子はこちら

2019年12月2日掲載 南津島の神楽(令和元年十日市祭)
2019年2月16日掲載 南津島の田植踊りが披露されました