なみえの今

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天神社 修復

2021年4月3日

皆さんこんにちは。今年度もよろしくお願いいたします。

令和3年度初回にお届けするのは、小野田行政区に鎮座する天神社です。震災により修復工事が待たれていましたが、ようやくこの4月、工事が完了しました。

宮大工さんから、造りが独特ゆえ、再建ではなく修復を勧められたと伺いました。

昨年10月より修復工事が開始され約半年、経過を記録していましたのでぜひご覧ください。

▲ 2020年10月2日 修復作業開始前の社殿 
▲ 10月中旬 修復作業開始
▲ 10月下旬 作業風景
▲ 社殿 天井付近
▲ 社殿 天井の絵
▲ 外壁部 見事な彫刻
▲ 10月30日 土台修復
▲ 11月9日 外壁修復
 ▲ 12月11日 屋根修復
▲ 12月24日 いよいよ年越し
▲ 2月4日撮影
▲ 新しい鳥居が増設されました (2月27日撮影)

実は、天神社の修復工事期間中の2月下旬から、学問の神様・天満宮が見守り続けてきた大堀小学校、幼稚園の解体作業が始まりました。大堀地区における、震災10年目における大きな出来事だと感じました。

そして令和3年4月、美しい社殿の姿を拝むことができました。

またこの場所が、嘗ての様にお花見、盆踊りで賑わう日が来るのを楽しみにしています。

『紅房桜』植樹イベント

2021年3月15日

もうすぐ春分の日。皆さま、如何お過ごしですか。地域づくり支援専門員の佐藤です。

今回は、3月7日に、いこいの村で開催された『紅房桜』植樹イベントに伺って参りました。

ポケットモンスターの原作者である田尻智さんのお父様、田尻義雄さんが浪江町ご出身というご縁で、2007年にふるさと浪江を「桜香る町にして欲しい」と新たな桜の品種である『紅房桜』の苗木を1,000本ご寄贈いただきましたが、震災後管理不十分となり残念ながら大部分が枯損してしまったそうです。そこで改めて『紅房桜』を植樹し、新たな町の名所づくりをするために、町民の皆さまとの植樹イベントが開催されたと伺いました。

▲ 受付時間前からたくさんの方々が来場

当日は、風が多少冷たいながら晴天という植樹日和に恵まれ、町内外から70名程の方が参加されました。遠くは、仙台市から駆け付けてくれた方もいらっしゃいました。

▲ いこいの村 コテージ手前斜面の植樹風景
▲ 本日の現場監督

次から次に黙々と植樹作業を進める方もいれば、何やら近況報告で話の花を咲かせているグループもいらっしゃいました。また、鍬を手に取り慣れた手つきの方も居れば、自分の身長と変わらない鍬に手こずりながらも一生懸命作業する可愛らしい子供たちが居たりと、大変楽しそうな風景でした。

▲ 3人仲良く上手にできたかな!
▲ 参加記念品の苗木とお振舞のなみえ焼きそばを手に、次はお風呂へ

昨年はコロナ禍の為、外出が制限され、思うような時間を過ごすことが出来なかった1年でした。今年は皆で楽しく歓談できる時間が増えそうですね。いこいの村は、近い将来きっと紅房桜の名所としてお花見で賑わいますね。

尚、桜は野生種15種、園芸品種数で300以上(分類方法の違いもあり正確に数えきれなく諸説あり)あるそうです。その中でも、割と新しい紅房桜。紅房は台湾の八重咲きの緋寒桜(ひかんざくら)と、大島桜の改良種とみられる静岡県の「お房(ふさ)」桜を交配したものだそうです。順調に成長して、早く開花した風景が見たいですね。とても楽しみです。

帰還困難区域 大昼行政区の今

2021年3月15日

こんにちは、支援員今野です。

東日本大震災と東京電力福島第一原発事故から丸10年を迎えました。


3月11日、全域が帰還困難区域である津島地区の中の大昼行政区を、佐々木保彦区長に同行し現状などを視察しました。

佐々木区長は原発事故の翌年あたりにも、今回と同様にカメラを持って行政区内の各戸を撮影して回ったそうです。一時立ち入りの日時を決める際に、いくつか候補日があったのですが「3月11日に合わせて立ち入ろうか」と、やはりこの日には特別な想いがあるのだなと感じました。

▲左に見えるのはJRバスが通っていた頃のバス停


各戸とも、庭先には冬枯れしているものの雑草が樹木のように生い茂り、長いツルがあちこちに絡みついています。
納屋では農機具や工具が、庭には自家用車が置いたままで、車庫が朽ち果てて車に覆いかぶさってしまっていました。
定期的に立ち入っている区長も「酷いなあ、こうなっちゃうんだなあ」と、着の身着のまま避難し放置されたままの地域の姿に、あらためて言葉を漏らしました。

▲「地域の皆に見てほしい」と区長


地域のちょっとした思い出話を聴くこともできました。
「小中学校の頃、川で水浴びしたり、魚を捕ったりしたんだよなあ。鮎や、鰻も捕れた」「捕った魚を家で料理して食べて…最高の贅沢だべ?」そんな話を伺いながら、聴こえてくる川のせせらぎの音。
自然に囲まれ、ともに暮らしていた地域。本当に贅沢な里山の暮らしだったんだと感じました。

▲綺麗な川の様子を覗くことができました


「今の集会所のそばが、昔は昼曽根の分校だったんだよ。我が家から近いから、ぎりぎりに登校しても間に合った。原浪トンネル(浪江町と南相馬市原町区に跨る道路トンネル)が通るとき、校舎は壊してしまったけど」そんなお話しも聞きました。
近くにあるお墓参りにも同行し「早く復興して、帰られるようにしてください」とご先祖様にお願いする区長と一緒に、私たちも手を合わせました。

▲昼曽根分校記念碑


114号線沿いにある「手作りの店マンマや」は区長の奥さんと仲間の皆さんでやり繰りしていたお店です。元々は農協の建物でしたが、簡易郵便局とマンマやを開き、食事や産直などの品々のほか、手芸品を扱ったりしていたお店でした。

▲特別通過制度の114号線沿いにあるマンマや
▲荒れ果ててしまったお店の中


3月12日朝に避難指示が出ると、114号線を通って避難する町民が8時過ぎから続々とやってきて、ここで食事など取られたそうです。「とにかく、作れるものを作って出した。材料は全部使った」と区長は話しました。

区長らは残った津島の人たちをバスで二本松市の避難所に運ぶなどし、15日ごろまで津島にいたそうです。「手七郎の集会所に避難して泊まったりしていたけど、何しろ寒いし、余震も続いたなあ」などと、当時のことを振り返りました。

▲お店の中のカレンダー、あの当時のままです


マンマやさんでは原発事故が起きる20年ぐらい前から、地域内でつくった「夫婦の会」の6組が、月に1回集まって交流を深めていたそうです。旅行をしたり、色々なことをずっとやっていました。「仲間は大事にしないとね」今は散り散りになってしまっていますが、そんなことを話してくれました。

カメラを片手に熱心に、行政区内の家々を撮影する佐々木区長の姿が印象的でした。トゲを持った草木も生い茂ってしまっている中、それらをかき分けて撮影していく区長の姿には地域への愛情をあらためて感じました。ご自宅よりも他の家屋に長い時間をかけて撮影し「こんなになってしまってなあ」と悔しがる区長の姿。人と人とのつながりが強い地域だったのだと、静かに感じました。


丸10年を迎えましたが「まだまだ何も進んでいない、あの時のまま」の場所があることを、あらためて感じた1日でした。

▲花が咲いているのを確認し、撮影する区長が印象的でした


私たち地域づくり支援専門員も「豊かな暮らしがあった津島の様子を、もっと知ってもらいたい」そんな想いで、地域の写真展を企画しました。

津島の皆さんから集めた、原発事故前の写真20点以上を展示した「懐かしのふるさと津島写真展」を道の駅なみえのギャラリーコーナーで開催しています。

▲A1パネルで12枚を展示しています

▲津島の温かく豊かな暮らしを感じてください


ぜひご覧頂いて、避難区域になる以前の津島やこれまでの10年という年月のことなど、ひとり一人が考えて思いをはせて頂ければと思っています。

道の駅なみえの営業時間は10時から19時まで。写真展は3月28日(日)まで開催しています。期間中、17日(水)は定休日となっておりますのでご鑑賞される場合はご注意ください。


よろしくお願いいたします。


10年間ふるさとなみえ博物館

2021年3月8日

こんにちは。地域づくり支援員、今野です。

原発事故後、二本松市の仮校舎(旧二本松市立下川崎小学校内)で授業を行っている津島小学校に、このたび手作りの「10年間ふるさとなみえ博物館」が開館しました。
2月26日の初日に、さっそく伺ってきました。

原発事故の後、浪江、津島の両小学校は避難先の二本松市で再開しました。その中で「浪江を忘れないように」と、ふるさとの文化や伝統を学ぶ郷土学習「ふるさとなみえ科」が創設されました。

浪江町を離れても、避難先で町の人たちと交流したり、地域を学ぶ機会が設けられたのです。
その10年間の、学びの様子や成果物などを展示した今回の博物館。

浪江小学校はすでに休校しており、津島小学校の唯一の在校生である須藤嘉人(よしと)君が館長を務め、先輩たちの学んだ足跡や成果物を教室の一部屋にまとめ上げました。

浪江がぎっしり詰まった博物館の様子をレポートします。

▲博物館の扉は大堀相馬焼による文字と二本松家具による装飾の、コラボレーション
▲空き時間に、特別に須藤君に展示物を案内してもらいました
▲2013年、当時の3年生が未来の浪江町について考え制作した模型 / 中央には浪江町の鳥“カモメ”をかたどったシンボルタワー
▲先輩たちとの学びの成果、教室内は200点以上の展示物でぎっしりです

▲浪江の子ども達が考えたカルタと、その想いなども展示されています


カルタの読み札にあわせ、津島地区の郷土料理かぼちゃまんじゅうの手づくり模型なども展示されていました。

須藤君は「初めて食べたのは保育園ぐらいの時。浪江の人がつくってくれた。とてもおいしい」と話してくれました。

浪江の食べ物で好きなものは?と聞くと「なみえ焼そばはおいしい。つくり方も簡単なので、自分で料理することもある」本当に?と聞くと「うん、つくれます」と須藤君。

▲児童が一つになって町民の皆さんに元気を届けられればと取り組んだ和太鼓


和太鼓は十日市祭や仮設訪問などで町の人に披露したそうです。須藤君にも叩いて披露してもらいました。室内に力強い太鼓の音が響きました。

▲手作りの「なみえっ子みこし」


感謝や元気を届けたいとお祭りを企画する中で「おみこしをつくろう!」というアイデアが生まれ完成した”なみえっ子みこし”も展示。子ども達が色塗りをしたそうです。

▲これまでお世話になった方や交流を続けて下さった方を展示 下の棚には大堀相馬焼もあります
▲館長を務める須藤君からのご挨拶 先輩たちと10年間の想いが詰まってます


震災と原発事故で臨時休業した浪江小学校は、二本松市で2011年の8月下旬から再開しました。2014年4月からは津島小学校も避難先の同校舎で再開し、浪江小との合同授業が始まりました。

現在、津島小学校の児童は6年生の須藤君ひとりで、須藤君が卒業すると浪江小に続き津島小も休校となります。


津島小の丹治豊一郎教頭は「ふるさとに触れたことがない子ども達に、どうやってふるさと浪江を伝えていくか、教職員にとっても課題だった」「ふるさとなみえ科で学べるよう、一生懸命に取り組んだ成果物が博物館にはつまっている」と、震災と子ども達にどう向き合ってきたか苦労を話しました。

博物館に足を運んだ、震災後に二本松市で暮らす浪江町出身の女性は「手作りのみこしを子ども達がわっしょいと担いだ時を思い出した。あの時、避難生活を送る浪江町民は子ども達に元気をもらったと思う」などと話し「二本松の伝統にも触れているのは素晴らしい。避難で世話になっているし、忘れてはいけないこと」と、展示内容を評価しました。そして「館長の須藤君はたくましいし、先生方の子どもへの情熱も感じた。とても素敵な博物館」と嬉しそうに声を弾ませました。

▲10年間なみえふるさと博物館の使命


最後に館長の須藤君に、この博物館を訪れた浪江町の人にどう感じてほしい?と尋ねました。須藤君は「これを観て、浪江の人が笑顔になってほしい」と力強く話してくれました。

子ども達が学校の先生や町の皆さんから浪江町を学び、受け継がれていく、その様子を思い描くと、私たち支援員もいっぱいの元気をもらった気がします。


10年間ふるさとなみえ博物館は、令和3年3月31日までの平日(月曜日から金曜日)9時から16時に開館しています。
場所は津島小学校(二本松市下川崎字三島台1番地)です。
お問い合わせは津島小学校(電話024-567-3970)までお願いします。

体調管理やマスクの着用、手指消毒など新型コロナウイルス感染拡大防止対策をした上で、足を運んでみてください。

大堀地区の今

2021年3月8日

弥生3月、日差しも春めいて参りました。皆さま、如何お過ごしでしょうか。地域づくり支援専門員の佐藤です。

今年も3月11日が近づいて参りました。震災から10年。浪江町の復興は未だ道半ばながら、少しずつではありますが復旧しています。大堀地区も然り。避難解除された小野田、田尻、谷津田行政区は、徐々にではありますが居住人口も増えてきました。大堀行政区は陶芸の杜を中心とした地域が、末ノ森行政区は全域が特定復興再生拠点として除染作業が完了しました。しかしながら、酒井、畑川、小丸、井手行政区は、帰還困難区域として多くの課題を抱えています。

その様な状況下で、変化、変貌、復活した大堀地区の今をご覧ください。

小野田行政区の大堀総合グラウンド敷地内には、浪江町復興計画 防災・安全の強化策としての防災コミュニティーセンターが完成間近です。また、田尻では昨年、震災以来初めての田植えが行われました。谷津田の白旗神社も修復作業が始まり、桜の咲く頃までには新社殿がお披露目になる様です。楽しみですね。

▲ 完成間近な防災コミュニティーセンター(2月撮影 小野田)
▲ 白旗神社 修復作業の地鎮祭(2月撮影 谷津田)

大堀の陶芸の杜は、令和4年に資料館としての再出発に向け、そして、末ノ森は特定復興再生拠点として除染が完了しました。

▲ 令和4年再開に向けて ”陶芸の杜”(2月撮影 大堀)
▲ 特定復興再生拠点として除染完了(2月撮影 末ノ森)

帰還困難区域でも、酒井は注目度の高い再生可能エネルギーのソーラー事業で発電が始まっています。井手は県道256号線で常磐道・双葉ICに繋がり、大堀地区からのアクセスは抜群です。後は、県道253号線(通称:落合浪江線)が通行可能になり、風光明媚で浪江町民のオアシスである高瀬川渓谷に沿って、小丸、畑川へ自由に行き来出来るようになればと切に願うばかりです。県道253号線の復旧を心から楽しみにしています。

▲ メガソーラー発電事業(2月撮影 酒井)
▲ 県道落合浪江線。浪江町から常磐道双葉ICへ(2月撮影 井手)

嘗てとは違った景色になっている大堀地区。しかしながら、着実に前進していると感じます。町民のみなさんのご尽力は勿論のこと、様々な方々の支えもあり、3年でここまで復興の歩みを進めました。

また嘗ての賑わいや楽しい会話が、大堀地区に戻ってきますように。