なみえの今

五月の藤橋

2019年6月4日

こんにちは、地域づくり支援員の石橋です。

新年号令和を迎えた5月。今年の5月はいつにも増して何かが始まる期待に胸が膨らむような気がしませんか?

令和元年5月11日、五月晴れの土曜日、浪江町藤橋地区では田植えが行われました。

藤橋は浪江町の中でも早い時期に農業再開を決めた地区です。

「春には外で体を動かしたくて仕方がない」とおおらかな笑顔で話す方々が暮らす藤橋地区。

道端を歩いていると早速さらさらと懐かしく心地よい音が聞こえます。

5月には浪江のいたるところで聞くことのできた音、田んぼに水が引かれるあの音です。

太陽と土と水に誘われて、藤橋の方々がやってきます。

帽子に長靴、首にはタオル、当たり前の光景、当たり前の姿に見えますが、

実はほとんどの方が避難先から駆け付けているのです。

以前は田んぼのすぐそばに暮らしていて、今は遠くに暮らす人たち。

私たちまちづくりなみえは、田植えのために各地から集まる皆さんから

地域の絆づくりに関するご意見をうかがうことを目的に、テントを設けさせていただきました。

ゆっくりと休んだり、腰を落ち着けて話し合えることで、皆さんの交流がより深まれば

という思いもありました。

次第に人の数も増えて、いよいよ田植え作業開始。

この日は2町4反歩の田んぼに稲を植えました。苗を運ぶ人、泥を均す人、道具を洗う人、

道具を片付ける人………みんながそれぞれの仕事をします。

そして休憩時にはテントの中で食事。もちろん料理は農家の奥様方の手作りの品々。

晴天に恵まれたこの日、「テントを用意してもらって本当に良かった」と声を掛けられました。

現在は散り散りになってしまった皆さんの交流を深めるのに役立ったようで、

活動をしている私たちも嬉しかったです。

こんな風に過ごす特別な田植えの一日。けれど、かつてはこれが当たり前の藤橋の

5月の日々で、当然作業の終わりにはみんなで楽しくお酒を交わしたそうです。

この日、作業終わると皆さんはそれぞれの避難先へと帰るのだとか。

午後も2時を過ぎたころ、一人ずつ帰路につく人々を見送る田んぼがありました。

水の張られた田んぼ、その水面に映る景色、

浪江の町は着実にかつての姿を取り戻しています。

 

 

 

 

田尻地区 「”ひまわり”の種まき」

2019年5月30日

長~い黄金週間も、あっという間に過ぎ去り、楽しい園芸作業に癒される季節となりました。
皆様、如何お過ごしでしょうか。地域づくり支援専門員の佐藤です。
今回は、田尻地区で行われた「”ひまわり”の種まき」にお邪魔して参りました。

田尻集会所の敷地に田尻江の沿革碑があります。大柿ダム完成前、この地区の水は小丸にある女滝から取水されていたそうです。
相双地区を代表する歴史的な水利施設だったそうで、水利碑は末ノ森の香取神社参道入口に建立されているとのこと。田尻地区の農耕史に欠かせない一項です。

さて、午前10時、農事復興組合の役員の方々が種まき開始。

午前中は、一反歩を試しまき。前回の東京オリンピック世代の役員の方々、幼少時代以来のひまわり種まきか、とても楽しそうな雰囲気でした。

お昼に一休み。

皆さん一緒にお弁当を食べながら、区長からの情報発信、現状報告、そして昔話と、一足先に話の花を咲かせておられました。

あちらこちらから聞こえてくるのは、盛んな情報交換の声。やはり皆さん、コミュニティの重要性を再確認されているのでしょう。

13時、19名の参加者で種まき再開。

中には遠く会津若松市からいらした方、お喋り満開のグループも。

「8年ぶりの農作業だ」「笑いながらの作業、最高だ」等々。とても楽しそうな光景でした。

 

(「ジャン=フランソワ・ミレー作 落穂拾い」ならぬ、「田尻のひまわり種まき」)

 

種まき終了。

本日のイベントは、景観、地力確認、そして、何と言っても交流の場を目的に開催されたと伺いました。

農事復興組合長曰く、「農家の付き合いは、田植えが社交デビュー」と笑って仰っておられたのが、大変印象的でした。その意味でも田尻の農作業復活が待遠しい限りです。

画家ファン・ゴッホにとっての向日葵は明るい南フランスの太陽、ひいてはユートピアの象徴であったと言われてます。

ここ田尻の大地にしっかり根を張って、太陽を真正面に見詰めたひまわりを早く見たいものです。

開花したひまわりの鑑賞会は、生育次第ながら、7月中旬以降を予定されているそうです。

4月、新しいこと。

2019年4月27日

地域づくり支援専門員の引地です。

何か始めたくなる新年度、幾世橋町営住宅で新しいことを始めました!

ズバリ『みんなでラジオ体操』です。

日常的に顔を合わせる機会をつくるため町民さんと考えた結果、まずはお金をかけずに気軽に参加できること、ということで

“毎週火曜・金曜の週二回ラジオ体操の日” がスタートしました。

場所はご近所、なみえ創成小中学校グラウンドです。

グラウンドの使用を先生に相談したところ、すぐに快諾いただきました。

そして、初日から先生方も体操に参加し、町民さんと朝のひとときを過ごしています。

開校から1年が経つなみえ創成小中学校、まさに地域コミュニティの拠点ですね。

 

8時30分前に皆さん、挨拶し合い声かけ合いながら集まります。

自宅からグラウンドまで5分は歩く町民さんもいますが、「ウォーミングアップ完了!」とやる気満々です。

 

皆さん集合後は自然と輪になり、ラジカセからの『ラジオ体操だいいちー!』の掛け声で体操がスタートします。

 

 

 

 

ラジオ体操第2までしっかり体を動かした後は、校舎前の花壇を見ながら町民さん同士のコミュニケーションタイムです。

その様子を鯉のぼり家族が見守っているようです。

 

 

「今のところ週二回だから継続できるね、いつもよりも早く目が覚めるのよ」

「ちょくちょく顔を合わせられるのがいいね」

毎回参加している町民さんから、清々しい笑顔で感想をいただきました。

 

毎週火曜と金曜、みんなで体を動かしおいしい空気を吸い、

ステキな一日が始まる朝です!

 

 

☆おまけ:体操初日に備え、支援員全員で予行練習を行いました。通行する車から運転手さんも興味深そうに見ていきます。

各地区で体操の輪が広がるとおもしろいですね。

4/20(土)樋渡・牛渡行政区でクリーン作戦 開催!

2019年4月27日

地域づくり支援専門員の東山です。
うぐいすの鳴き声が響きわたり、春の陽気が心地よい4/20(土)、
樋渡・牛渡行政区でクリーン作戦が行われました。
樋渡・牛渡行政区では、今回が震災後はじめてのクリーン作戦です。

集合時間は避難先からのアクセスを考慮し、午前9時30分。
それでも早い方では8時30分には到着され、奉仕作業に対する熱心な姿勢と
地域特有の文化のようなものを感じました。
集まった方々からは久しぶりの再会に笑顔が広がります。

今回は、再建が進められている八坂神社の隣に建つ公民館に集合した後、
周辺のゴミ拾いを行いました。

土手や農道に散らばったトタンの破片や空き缶、ペットボトルなど
皆さんの手によってどんどんゴミが拾われていきました。


ゴミを拾いながら、
「ここは本当にいい所で犬の散歩をするには最高だった。」、
「この時期は山菜をよくとっていたの。」と、地域を懐かしむ声や、
「震災前は3月の末頃にクリーン作戦をやっていたと思う。8年分のゴミ拾いね!」と、
奉仕作業への意欲を感じる声もありました。

途中、わらび(山菜)を見つけ、思わずゴミではなく山菜取りになったり、
解体が進み変化する街並みを歩いて感じながら、
「ここにあった家のひとは今、〇〇市にいるよ。」など自然と地域の方々の
情報交換が広がります。
そして、集合場所の公民館に戻り、皆さんで分別を行いました。


クリーン作戦の後は、樋渡・牛渡行政区で総会が行われました。

今回のクリーン作戦で8年ぶりの再会をとげられた方もおられました。
今後もこのような気持ちのよい汗を流しつつ、協働作業を通して
地域のつながりを作っていけたらと思います。

クリーン作戦は5/25(土)権現堂地区でも予定しています。

標葉神社で8年半ぶりのお祭り

2019年4月11日

地域づくり支援専門員、今野です。

4月7日の日曜日、苅宿にある標葉(しねは)神社で震災と原発事故後初めてとなるお祭りが開かれました。
震災前は11月に開かれていたお祭りですが、今回は復興への願いを込め建立された祈願碑の除幕式も同時にあり、「復興祭」として開かれました。

 

 

 

境内では数名で談笑しながら記念撮影する姿が見受けられるなどし、町民の方が再会を喜びあっている声も聴こえてきました。

 

(苅宿、加倉の区長も役を務めるなど、地域の皆さんが協力し合う姿が印象的でした)

 

今回の復興祭では再興への願いを込めてつくったどぶろくが奉納されました。

このどぶろくづくりも8年ぶりとなりましたが、完成したどぶろくは参加された皆さんに振る舞うため、御神酒殿から氏子の方が大切に運び出しました。

直会(なおらい)では、どぶろくを味わいながら楽しそうに話す町民の皆さんの姿が印象的でした。

 

(御神酒殿からどぶろくを運び出す氏子の皆さん)

 

本殿で奉納された浦安(うらやす)の舞は本来は4人で踊るそうですが、これまで担っていた子ども達が世代交代し、今回は広く町内から集った3人の新たな踊り手の子ども達が、昨年末からこれまで4回練習して来た成果を披露しました。

可愛らしい巫女の皆さんの舞いは、このお祭りには欠かせないものでしょう。
近くもう1人増えるということで本来の4人となりますが、次のお披露目は秋の十日市の時になるそうです。

 

獅子舞も披露されましたが、苅宿地区、加倉地区と、2つの獅子舞を順に披露したのが印象的でした。

標葉神社は、この2つの地域を中心とした地域の皆さんの心の拠り所となっている神社なのだなあと、あらためて感じることができました。

 

(浦安の舞)

 

(苅宿地区の獅子舞)

 

(加倉地区の獅子舞)

 

氏子総代の長岡新一さんは挨拶で「ようやくここまでこぎ着けた。これからも地域の安全・安心を守る神社であってほしい」などと想いを述べました。

昨夏ごろ、ふらりと立ち寄った際の標葉神社は、震災直前に下げられた絵馬がそのままだったのが印象的で静まり返っていましたが、この日は大勢の皆さんで賑わっていました。
町の方に「今日はだいぶ、人も多いですね」などと話すと「震災前は、もっともっといっぱいだったんだよなぁ~」などと以前の様子を話されました。

 

しみじみと語られたその言葉に、「まだまだこれから、今日が始まりなんだなあ」と感じました。

地域の皆さんの想いが通じ、いつか以前のようなお祭りの姿を取り戻せればと思います。